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執筆者の写真Bobson

男女逆転版・痴人の愛


どーも、「明日とあさってが一度にくるといい♪(水曜日に限り。)」でおなじみのBobsonです。むしろ明日もあさってもいらないか。

目に見えないエネルギーの流れが身体から社会に吸い取られていってます。

谷川俊太郎さんでした。

さて、先日ブス会さんの「男女逆転版・痴人の愛」を見てきました。

ブス会さんは、AV監督としても活動するぺヤンヌマキさんが、舞台作品を上演する為に立ち上げたユニットです。

『女同士の関係における醜くも可笑しい “ブス” な実態を群像劇として描くのが特徴だったが、 近年は男も登場させ、様々なアプローチで “女” を描いている。』そうです。

私は去年「女のみち2012再演」で初めて見たのですが、とても衝撃的で友人と一緒に大爆笑&大感激しまして今年も同じ友人とブス会を見に行くことに決めたのでした。

今回は昨年見たものとはまた毛色が違う様子。

谷崎潤一郎さんの「痴人の愛」を男女逆転させたものなようです。

どうでもいいですが、谷崎潤一郎さんと谷川俊太郎さんがごっちゃになることがあります。

名前の雰囲気似てませんか。

「男女逆転版・痴人の愛」、あらすじは以下のような感じです。

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「小鳥を飼うような心持」で女給の少女「ナオミ」との同棲を始めた平凡な主人公・譲治。二人の主従関係が逆転していく様を描き、1924年の発表から約100年の時を超えて未だ読まれ続ける不朽の名作、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を、現代に置き換え男女逆転させて描くブス会版『痴人の愛』。 仕事人間の40歳独身女性の“私”は男性に対して独自の理想を持つようになる。それは未成熟な少年を教育して自分好みの男に育て上げるというもの。ある日“私”は美しい少年ナオミと出会い、「小鳥を飼うような心持」で同棲を始める。人見知りで垢抜けない少年だったナオミは次第にその美貌を利用して奔放な振る舞いを見せるようになり“私”はナオミに翻弄され身を滅ぼしていく…。

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「痴人の愛」を知ったのはもう何年も前のことでした。

「なんかMに目覚めちゃう男の話」といった印象しかなかったので、

見る前に一度ウィキペディアで予習。あー、そんな話だったなぁ。

感想の前にペヤンヌマキさんのご挨拶を一部抜粋。

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谷崎の『痴人の愛』を最初に読んだのは中学生の頃でした。男性経験もなく男女の色恋の機微など全くわからなかった当時の私は全くピンと来ず、途中で読むのを断念しました。二度目に読んだのは、20代の時。ちょうど一回り以上年上の男性に可愛がられたい年頃だった私にはジャストフィットしました。男女の関係が逆転していく様に共感し、マゾヒズムとサディズムの関係性にゾクゾクし、ナオミのように年上男を振り回せる女に憧れました。譲治さんに関しては足フェチのMオヤジとして認識し、その滑稽な姿に笑いました。

そして40歳になった今、改めて読み返してみると、20代の時とは全く違う視点で共感したのでした。私は譲治さんに感情移入していたのです。

谷崎の『痴人の愛』は「男性」である譲治が「女性」であるナオミに翻弄される話ですが、100年の時を超え、女性も男性と同等に、勤労するようになった昨今、つつましく働いてきた「女性」が「美少年」を飼う話は非常に現代的ではなかろうかと考えたのがこの企画の出発点です。そして、ほかでもないこの私が、40歳までつつましく勤労してきた女性でもあります。「働く女性」という、もはや避けざる社会実情と約100年前の文学の融合に劇作家として挑戦したいと思っております。

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なぜこの挨拶をのっけたかというと、世代性別によって感じ方が違う作品だなと思ったからです。

私はこの男女逆転版・痴人の愛を見てナオミという男性に憧れました。

生まれ変わったらヒモになって好きなことして生きていきたい笑

と、同時に原作ではなんとなく理解できた譲治=主人公の感情が男女が逆転することによってイマイチわからなくなりました。

「母性と恋愛が入り混じっている状態だ。」と説明的に言うことはできるのですが、感情的に理解できないのです。

その状態・葛藤を今回時間をかけて描写されていたので、男としては男女逆転なしの方が楽しめたのかなと思いました。

男としてはナオミが女である方が魅力的なキャラクターに映りますし、主人公にも感情移入しやすいのです。

まあ男女逆転なしならやる意味ないけど。笑

見に行ったのが男性の友人とだったので、見終わった後、「女性の感想も聞きたいよねー」「年取ったら感想変わるのかなー」というような話をしておりました。

実際に自分が15歳の女の子を飼うとなったら、父性が働くのかと思うと疑問です。

16歳から結婚できますからね、女性は。

この辺は男女の一般意識の差が現れているのかなと思います。

余談ですが、16歳で結婚できる=男性と区別するというのは現代において必要ないということで、女性も18歳からの結婚に引き上げる動きがあるそうです。

個人的にはどっちでもいいですけどね。

でも女子高生で母親になるような子もいるわけですから、

そういう人が結婚できなくなるのもなーとも思います。

……話を戻しまして、全体の感想としては、

前半がやや冗長でしたが、中盤以降は笑いもあり、演出的な面白さもあり非常に楽しめました。

男女を逆転させる意義は十二分に感じました。

社会実情的なこともそうですが、同じ筋でも男女逆転によってここまでテーマが変わってくるかというのが、大きな印象です。

例えば原作では割と早い段階で男女の関係になるのですが、

男女が逆転するとそうはいきません。母性ゆえに手が出しにくいのでしょう。

またラストの落とし方も女性ならではだったと思います。

(ネタバレになるので一応伏字・「ナオミにババアと言われて逆上した洋子がナオミを殺して、死後硬直状態のままSEXをして子を孕む」)

演出については箇条書きで。。

・チェロの生演奏がすごすぎる!演技と合わせるの大変だろうなーと思いました。きっかけも多く、本当に素晴らしいなと感激しました。

・原作が語りかけの告白形式ということもあり、通常受け入れ難い説明的な独白ゼリフが比較的すんなり自然に入ってきました。

・舞台の作りが「平成」っぽくないことや、ナオミがブリーフを履いていたりするのはわざと時代をごちゃごちゃにしているのかなとも思いました。しかし平成と銘打ち「三菱東京UFJ」や「前前前世」「インスタグラム」などのワードを入れてくるのであれば、もっと「平成的」「現代的」なアレンジでもいいのかなと思いました。

・シャボン玉いいなー。あのシャボン装置が欲しいです。

原作に

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「これから何でも云うことを聴くか」 「うん、聴く」 「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」 「出す」 「あたしに好きな事をさせるか、一々干渉なんかしないか」 「しない」 「あたしのことを『ナオミ』なんて呼びつけにしないで、『ナオミさん』と呼ぶか」 「呼ぶ」 「きっとか」 「きっと」 「よし、じゃあ馬でなく、人間扱いにして上げる、可哀(かわい)そうだから。―――」 そして私とナオミとは、シャボンだらけになりました。………

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とあるように舞台がシャボンだらけになるのは美しいです。

・舞台上をくるくる回る尾行のシーンは自分もやった(やらせた)ことがあるのですが、今回のものは舞台の構造が、そういった回転の動きに非常に適していて良いなと思いました。

・日記での回想シーンはもう少し短くてもよかったかもしれないです。

・ホモネタは笑ったんですが、男女逆転なら浜田とマスターも女の方が好みかもしれないです。

・ラストの見せ方は去年に通じるものがありました。しっかり描写するのがいいですよね。濡れ場って舞台袖に隠しがちなのが、舞台ってもったいないなと思うことがあるのですが、ブス会さんはしっかり見せていて好きです。

そんな感じでした。

何はともあれ、「男女逆転版・痴人の愛」面白かったです。

次回公演も観に行きたいと思います!

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