どーも、そろそろオールで飲むのがきつくなってきたおじさんBobsonです。
先日はちょっと前に知り合った方がご出演されているということで、
区民劇場さんの「家族な人々」を見てきました。
区民劇場さんは墨田区を中心に活動しているかなりの老舗劇団で、昭和30年発足、歴史のある劇団さんです。
今回の公演で117回目の公演だそうです。
知り合いの方が30前半で全然若い部類に入るのですからびっくりです。
私もじじいになっても何かしら活動していたいなと感じました。
あ、じじいとか言ったら失礼ですね。
さて「家族な人々」の内容ですが、
まず舞台設定が田舎の一軒家。
以前 東京2/3の記事で言ったよくあるやーつです。
スズ子さんとういおばあちゃんが長男の七回忌法要の準備をしていて そこに隣人さんが加わったり、長男の会社の同僚が加わったりしながら
話が展開していきます。
話の肝は次男家族。会うこともほとんどなくなってた次男家族が久々に帰ってきて……。
てな感じです。
舞台では、よく「何もないこと」を見せることをします。
日常のある部分をリアルに描く。
舞台装置も凝って、なるべくリアルに近づける。
変化が起きないことを真理として役者は演じます。
今回の舞台の前半はそんな感じでした。
2時間の公演で途中、10分の休憩があるのですが、その休憩までずーっと
観客は、起承転結の「起」を見続けます。
休憩挟んで5分ぐらいすると「承」にようやく移ります。
ドラマや映画などではありえない時間の使い方です。
「生」の舞台だからできることでしょう。
何もないことを見せ続けても観客を引き込めるのは。
後、演劇的に気になったのは、舞台上の暗黙のルールに説明をつけていたことですかね。
演劇を見に行った時に一軒家やシェアハウス等のお家の中身が丸見えなのって舞台上では当たり前ですよね。
そりゃそうです。窓が閉まってたり、壁があったりしたら中で演技してるの、見えないですからね。
この作品では序盤に、客から丸見えであることを「今日は天気が良くて気持ちいいから窓を全部外したの」と説明します。
さらに舞台設定が冬なので、それも「冬だけどあったかいから」と説明します。
そこを説明させる劇作家さんもいるのだなと思いました。
私は入れたことなく当たり前でいたので、暗黙のルールに合理性を持たせることを意外に感じました。舞台を見に来ている時点で、部屋の中は丸見えで当然という脳みそがお客さんの中でできているのですから。説明不要な気でいたのです。
リアルを追求するならば、そこにも理由をつけるべきか否か。迷いどころですね。
考えさせられました。
(全然違う理由で上記の説明台詞があったのかもしれませんが。。。)
さて話の方はというと、タイトル通り家族について考えさせられる内容でした。
親が90まで生きるとして、年1で実家に帰っても会えるのは後40回程度。
嘘でしょ? と少し悲しくなります。
私は結構実家に帰る方ですが、帰らない人、なるべく帰ってあげた方がいいですよと
周りに言いたくなる公演でした。
そんな私は弟が結婚する家族顔あわせみたいなものがあるので来週実家に帰ります。
完全に先越されてます。
ちくショーーーーー!
先に結婚したって偉くないんだからな!
お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだからな!
今回の公演の長男みたいに若くして死んでなんかやんないんだからな!
こちらからは以上です。